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更化園

更化園よ、カを出して 更化園

栄州から市内バスに乗って奉化を過ぎ、二十km程度を行けば奉化郡鳳城面金峰里に至る。なだらかな山々を挟んだ大地に十五家屋の家々が集まり、まろやかな夢を成している村、そこが更化園である。
今から十五年前の一九六一年.その当時、奉化文化園園長をしていたチョン・テジユン氏が自分が所有していた土地を、ハンセン氏病患友たちが定着できるように提供した事によって更化園の歴史は始まったという。しかし、今まで世の中の荒波に揉まれながら苦しみの生活を送って釆た彼等には、一日も早く安定が訪れなければならないのに、現在の村の状態を見ると今だに明瞭な方向も設定されないまま漂流を重ねているのが実情のようである。
そんな中でも希望が持てる点もある。志ある人々が心を一つにして新しい人生を開拓するために対策を立てようと苦心している姿を見ると、この村にも遠からず曙光が射し始める事だろうと思えて来るのだ。それまで狭くて不便だった村道も拡張され、空っぽだった畜舎にも豚が入る事で村人たちの心にもようやく緊張感が溺り出し、村の中を奔走しながら熱心に働いている姿が目につくようになった。十五年という長い歳月の間には、病の苦しみよりも一般社会の人々と隔離された生活、または冷遇などが最も耐えられない心の痛みだったという。そんな人々よりも経済的に少しでも前に立とうとして努力している彼等の意志のカに対して、私は賛辞を送りたくなる。このように彼等が精神的に再武装できるようになったのは、天主教安東教区からそれまでの間、精神的な支援をたくさん受けて来た事もあるかもしれない。更化園に住む十五世帯六十人名の人々は天主様の愛と恩恵に感謝しながら、今日も力いっぱい歩んでいる。そして、彼等の小さな夢が真実に向かって速やかに自立した生活を行なえるようになり、どこよりもまして充実した生の土壌を培かって行けるようにと、今日も公所(聖堂)に集まった村人たちは、聖母マリアに向かって祈っている。
一時は二十三世帯を越える多くの人々が集まって来てくれて、日々喜びの中で土地を耕していた事もあったが、その一方では、これまでに数多くの挫折も味わって来たという。そのようなたぴ重なる挫折の歳月が彼等の心を暗くさせ、また村の後進性を克服するための対策作りに頭を痛めさせる原因にもなっている。昔も今も、団体生活を引っ張って行けるような指導者がいないという事は村にとって大きな問題点ではないかと思う。これまでの生活を見ると、村人同士が分裂してしまって指導者を中心とした一体感が全くなかったという点が、他の定着村と比べて明らかな対照を成している。ある時など、はっきりとした進路も設定できないまま、「ただこの土地を離れさえすればどうにかなるだろう」という漠然とした考えでもって土地を売却してしまうという、とんでもない失敗も犯した。そして、先人たちのそのような誤りが今日まで続く貧困を招く原因になった事を村人たちの誰もが否認しない。
現在、更化園に住む十五世帯が居住している土地は某財閥グループ系の製紙会社が所有している。企業の経営変化によっていつかは主人に返さなくてはならない土地なのに、これに対する対策は何もなされていないのが実情であるという。他人の土地に居住している彼等に果たして土に対する愛着などあるのだろうか?全く心配ばかりが膨らんで来る。
つい三年前まで、十五世帯の村人が代表者を中心にして畜舎を建て、鶏や豚などの家音を買い入れながら実りある夢を設計していたのに、思わぬ畜産物価格の下落と景気後退によって、未来を仰ぎ見れる寸前になって挫折するという不運を味わわされた。そして、その時に解決できなかった飼料代金と農協融資が、現在大きな借金となって、彼等の明るい夢を押え付けている。村の中では、破産の危険にまで追い込まれてた人もおり、誠に無念の限りである。そのため、野菜の栽培と家畜一、二頭程度を飼いながら細々と生活をして行くしか道がないのが、現在の村の状態である。自立の夢を抱きながら前進しようとしても、そのための明瞭な対策が立たず、気を落としてさ迷うしかない彼等の不憫な姿を目にして、私は栄州ダミアン病院の社会事業部ペク・ヨンギ(ガブリエル)主事を訪ね、その対策について意見を交した。
ダミアン病院は天主教安東教区に属し、慶尚北道・北部地域の定着村六カ所を他方面にわたって支援している病院である。この病院のペク・ヨンギ主事は「数年の間、更化園の村人たちと一緒に生活しながら受けた感じでは、彼等には物質的な物足りなさよりは、精神姿勢の弱さにその問題の根がある」と指摘した。そして「今後、さらに必要となるのは、精神的に自立できるための意志の強さである」として、それまでの間違った考え方について詳しく語ってくれた。統計的に見ても、それまで受けて来た各界各層からの様々な支援を、完全に村の事業との共同投資にしながら情熱を注いで働いて行けば、現在抱えている困難はなくなるかもしれないと思った。
ここで、社会事業的な側面からそれまでの統計と経験を基に指摘するペク・ヨンギ主事の主張と、ほんの数時間だったが、私が村人たちと交した対話を基にしながら、更化園の発展と今後の将来設計について自分なりに必要ないくつかの意見を提示してみようと思う。
まず言える事は、村人たちの団結したカを外部に見せなくてはならないという事だ。選ばれた代表者を中心として、和合した共同意志を当局と関連部署に見せて行くならば、今よりももっと多くの関心と配慮を受けられるのではないかと思う。過去の間違った考え方を一掃して、代表者を信じて仕事を任せ、村全体の利益のために献身できる機会を付与してこそ、強力な推進力と共に潜在的な発展をも築いて行く事ができると考える。
二番目は、現実の暗たんとした状態の中で、ただ空ばかりを見つめてため息をついているような受動的な姿勢を変えて行かなくてはならない。外部から来るわずかばかりの支援にぶら下がっていないで、与えられた環境の中で最善を尽くす姿勢が今、切実に求められている。借金がいかにたくさんあると言っても、十五世帯六十人名の村人が一体になって努力して行けば、その借金も少しずつ減って行く事だろう。熱心に働いて常に最善を尽くそうとする勤勉な姿を外部に見せれば、間違いなく求める道は開いて行くものと思う。
三番目は、確かな目標を置いて積極的な生活方式を選択しなければならない。他人がするからするというような事業ではなく、村人たちの条件を充分に考慮して、自分たちの適正に良くあった職種を選び、専門的な知識を熱知してこそ、失敗はなくなって行くものと思う。畜産業を構想しているのであれば、他の定着村のようにまず飼料購入、薬品購入時に得られる利点を考慮して畜産組合を構成して行かなければならないであろう。わずか一ウォンの金も大切にし、謹厳節約する生活が習慣となる時、正しい経営形態を生み出せるものと思う。それ以外にもいろいろと当面する問題は多いが、村人全体が共同体意識を持って労働力を効率的に運営したり、欠陥のあるやり方に手直しを加えて行けば、それまでの間違った意識も序々に摘み取られて行くだろう。
今や更化園は自ら実践して、その手本を見せる時に来ている。腰の帯をもう一度しめ直し、決意を新たにして苦しみを我慢しながら前進して行けば、いつか必ず自立へと跳推して行く事ができるだろう。「志ある所に道がある」という貴い教訓が、絶望の中にあった多くの人々を救ったという。一日も早く更化園の歴史が新しく生まれ変わり、新しい執行部と指導者たちの血の滲むような努力が決して無駄に終わらないように心から祈りながら、応援の拍手を送りたい。

[原典:「韓星」(韓星協同会発行)、日本語原典:「灯の村」菊池義弘/訳・編]

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