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この時代の人物「金新芽長老」


韓国CTV放送(CATV・42ch)2003年5月19日放送
この時代の人物「金新芽長老」(2)強い使命感と信仰と


司会者:長老さんのお話では、入った療養所は宣教師が運営していた療養所だったということですね。長老さんが信仰を持つようになったのは幼い時からですか。母胎信仰ですか。療養所は宣教師が運営する療養所に入られたということで、いろいろと困難もあったことと思います。そこに神様のみ心があったということを悟られたというお話だったのですが、体は不自由で、肉身的に困難な病にかかられ、困難だった時、ヨハネによる福音書の9章を読んで、そこに視覚障害者が出て来て、先ほどおっしゃられましたが、弟子たちが「誰の罪のためですか」という問いに対して、「誰の罪でもない、神様の栄光をあらわすためである」と言われたのですが、長老さんはその聖書のみ言葉を通して、困難や悩みを払拭して使命感を見い出したということですね。

金新芽:そうです。

司会者:長老さんは主に音楽を教えたということですね。

金新芽:はい。讃美を教え、学校で勉強を教え、図書館を作ったりもし、文書運動もし、教会での仕事は熱心にしました。そんな中で、ある町の共同墓地で困難な中で生きている人(快復者)たちがいました。私が行かなければならないと思って、そこに行って、彼らのために教会を始めたりもしました。その教会は現在、大きな教会となっていますが。

司会者:長老さんは使命感を見い出して、そのために身を捧げて熱心に奉仕したということですね。

金新芽:そのように生きながら、仕事の大切さを知り、そして、青少年たちに音楽を教えている内に、彼らの表情が明るくなり、考え方が改まるという姿を見ました。その子たちの中には現在、牧師になった者もいて、大学教授や医者もいます。そのように困難な人生を送りながらも、立派に生きている姿を見ながら、私は専門家ではありませんが、彼らと一緒に讃美をしたことはとても良いことであったと思っています。

司会者:長老さんは音楽をする素質があったのですね。トランペットも吹かれるそうですね。音楽を通して生きる希望を与え、信仰を与えたということですが、前に私が読んだ本の中で感動的な文章がありました。「相手の心から理解するということは、ちょうど雨が降り出した時に、雨に当たっている人に傘を差し出してあげるというのではなく、共に雨に打たれるということなのだ。」という文章があったのですが、人は困難な中にある時こそ、むしろ神様のみ心を深く知るということなのですね。解放後、長老さんは療養所に入られました。ですから、民族の喜びの時に、長老さんの人生においては、神様の視点から見る時に、犠牲の道というか、不幸に立ち向かう使命の道、困難な道を歩んで行かれたというように思うのですが、長老さんを見る時、キリスト信徒はこのように生きなければならないという姿を教えられるのですが、長老さんにとって信仰の確信とは何ですか。

金新芽:ローマ書8章のみ言葉で、私はそれまで10年間、自分の罪について悩んでいたのですが、30歳の時に悟りました。「従って、いまやキリスト・イエスに結ばれている者は罪に定められることはありません。」と書いてあるのですが、霊的に見て、罪の意識の解放、私が何か犯罪を犯したというのではありませんが、信仰生活をすればするほど、罪の意識にさいなまれて、とても悩み、断食をしたりしながら、それまで母胎信仰で教会で熱心に奉仕をしながらも、罪の意識を持つことはなかったのですが、30歳の時に信仰上のそのような煩悶を負うようになり、本当に私たちは神様の子であるということ、キリストは真の救世主であるということを知りました。それから後、現在まで、私はローマ書8章をもって、他の場所に行っても、教会で証しをする時でも、いつも「従って、いまやキリスト・イエスに結ばれている者は罪に定められることはありません。」という確信をもって今まで生きて来ました。

司会者:長老さんの信仰の証しをお聞きすると、ローマ書7章から8章までのみ言葉をもって生きて来られたようなのですが、8章のみ言葉を通して信仰の確信を抱かれて、30歳以後は信仰的に勝利の人生を生きていらっしゃるということですね。その療養所で32年間奉仕をされたということで、そして、77年から療養所を出て共同体を作られたということでしょう。その共同体とはどのようなものなのでしょうか。村全体が信仰共同体なのですか。教会を中心とした共同体であると聞いているのですが、それを作られて現在まで困難なこともあったと思うのですが、どんな点が困難であったのでしょうか。

金新芽:イエス様を信じて、畜産をしましょうというスローガンを唱え、そして、教会を立て、それを中心にして家々を建てましたが、いろいろとその過程でも困難がありまして、ある年の冬は主が寒さが遅く来るようにしてくださって、それで家を建てることができたり、土地が狭いので、もう少し広い土地を与えてくださいと祈ったりした時もありました。一つの共同体を作るということで、特別な能力を持っていたということではないのですが、お互いがよく信頼し合い、互いに愛をもって結び合い、一生懸命生きて行かなければならないのですが、私は体が弱いので支柱になることもできず、ともかく基礎だけは作ることはできるという程度に考えていました。

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[原典:韓国CTV放送、菊池義弘/訳]


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