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中国のハンセン病に対する日中学生たちの取り組み

ワークキャンプ参加学生の心の変化

筆者が担当する早稲田大学オープン科目※5「人権と市民活動・ボランティア―ハンセン病を通じて」の中で非常に興味深い経験をした。この科目は、前期期間中にハンセン病に関する講義、および学生による発表を行ない、夏季休業中に実習として、中国のハンセン病療養所でワークキャンプをするというカリキュラムになっている。

その発表の中である学生が、2003年の黒川温泉ホテルにおけるハンセン病快復者宿泊拒否事件をとりあげた。学生は拒否事件に際して、ハンセン病療養所に寄せられた抗議手紙を発表の題材にしたが、その抗議手紙の中に「ハンセン病がうつらないのは知っているが、ハンセン病の快復者と一緒にフロには入りたくない。それが国民の本音だ」といった内容の手紙があった。

この手紙を紹介しながら学生は、「差別が良くないのはわかっている。ハンセン病が感染する可能性がほぼ皆無に等しいことも知っている。だけど、私自身も、じゃあ、一緒にお風呂に入れるか、と言われたら、『入れる』とは断言できない」という。筆者自身ハンセン病に対する差別と偏見は主に、ハンセン病が「ライ」と呼ばれ、怖い病気であると過剰に喧伝されていた時代に生きていた人に強いとばかり思っていたので、今の大学生という若い世代が、こういった発言をするのは多少、意外であった。さらに他の受講生に聞いてみても、「私も入れるかどうか、断言できない」という。

しかし冷静に考えてみれば、彼らの見解は非常に正直なものである。そもそも彼らは、生まれてこのかた「ハンセン病快復者」と呼ばれる人に一度も会ったことがない。一度も会ったことのない人を持ち出して、「一緒に風呂に入れるか」などと聞かれても彼らには返答のしようがない。そんな彼らが実際にハンセン病の快復者と呼ばれる人たちと出会い、彼らの意識がどう変わっていくか、それがこの科目のそもそもの設置意図でもある。そして彼らは数ヵ月後、実際に中国のハンセン病療養所に行き、そこで生活した。そこでもたらされた彼らの意識の変化が、ハンセン病に対する差別と偏見の問題を考えるにあたって、非常に有益な材料となる。

受講生の中で一人、英字新聞サークルに所属している学生(文学部三年生久保田麻衣子さん)が、ワークキャンプ後、その体験を英字新聞掲載用にまとめた記事の草稿がある。その草稿や彼女の言葉をもとに、ハンセン病に対する彼女の意識の変化を見てみたい。

彼女は当初この講義の受講理由をこのように語った。
「日本の療養所には『隔離』の象徴として、大きな壁がある。この壁が文字通り、快復者たちの社会復帰の大きな『壁』となった。中国の療養所には聞くところによると、このような壁はないという。しかし、物理的な壁はなくとも、精神的な壁があると思う。それが中国の快復者たちの社会復帰を阻んでいるのだと思う。その見えない壁を確かめたかった」

ハンセン病療養所入所者と学生たち

そして彼女は実際に中国のハンセン病療養所に行き、その見えない壁を、自分の意識の中にみつけた。彼女は英字新聞記事用の草稿にこのように書く。
「治った元患者だとわかっていても、指のない手と握手したりすると、触れられたところがなんかムズムズしてしまう感覚があった。安全だとわかっていても握手をすると無意識に手を洗っていた。『ハンセン病がうつらないのは知っているが、お前たちと同じフロには入りたくない』(菊池恵楓風園に寄せられた抗議文書、筆者注)その気持ちが、自分のなかにも『怖さ』という感覚で深く根付いていることにショックだった。医学的にも科学的にも裏打ちされていた『安全』が、いとも簡単に『怖さ』に負けていた。自分の中にも壁は存在していた」

ハンセン病の快復者と出会ったときの気持ちを、非常に正直にありのままに書いた後、彼女は続ける。
「けれど何日か村で過ごすうちに、元患者はただの村人となり、療養所はただの村になった。彼らは皮膚に冷たさや温かさを感じることはできないが、感情の感覚は決して閉じていなかった。偏屈になることもなく、人生の先輩としてスゲーことをいうのでした。だから手を洗うとか、元患者に対してすごく失礼なんだと思い始めた。「人権尊重」とか「平等意識」とかそんなかっこいいものではなく、ただ単に『礼儀』として失礼なことをしていたなと思うのでした。なんか、別にうつってもいいじゃんって思う。だって薬飲めばいいじゃん、風邪みたいに治るし。伝染する可能性がない人を怖がっているより、万が一、うつってもいいから、今目の前の村人と仲良くしていたい。実際に会うことって、こんなに変化をもたらすんだって驚いた」

彼女のこの手記は、ハンセン病に対する差別と偏見の問題に対して、「人権尊重」などといった仰々しい大義名分などいらないことを教えてくれる。そんなものより、あたりまえに出会うことがもつ重要性を、何よりも雄弁に教えてくれている。

(5) 早稲田大学全学部学生および国内協定校学生が受講できる科目

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[西尾雄志(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター)、原典:日中医学(財団法人日中医学協会、2005年5月発行)、2007年3月24日]

※この記事は、日中医学協会の許諾を得て転載したものです。
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